昭和記念公園散策

 公園の自然には、宇宙における「再生の原理」、「共生の原理」が至る所に溢れている。

コロナクライシス世界を危機に、国難到来  (令和2年3月28日更新)

  •  中国の武漢を震源地としてコロナウイルスによる肺炎が発症し、瞬く間に中国全土に広がりました。最近の中国経済の成長の素晴らしさから、中国と往来する人々の数も多く、肺炎の感染も急速に世界に広がりました。日本でも、現地駐在員などの帰国処置などを含めて水際対策を実施したにも関わらず、それ以前に来日した観光客に伴ってウィルスが日本国内に潜入し、国内での感染防止がままならない状態になりつつあり、余談を許さない状況が進んでいます。改めて、日常からのリスク管理の重要性の認識が求められています。
  •  中国は世界第2位の経済大国になりましたが、13億人の国民を抱える社会としては未だ発展途上国のレベルであり、個々の国民の生活実態も一部の人々の豊かさは増したとは言え、全体的には安全な生活環境と言えるものではないようです。貧富の格差が大きく、庶民の末端での生活内容は貧困そのものので、衛生的にも世界に誇れるものではないと考えられます。今回の肺炎の発症も、野生動物を日常的に飲食する生活習慣が起因しているようで、貧富の格差による社会問題のひとつで、急速に進化した社会で発生する問題です。外国企業が利益を追求しすぎるために社会の進歩度合いも十分配慮せずに、短期間に企業間で競って豊かさをもたらそうとする場合に発生する問題です。日本企業やその他の国の企業の中国への進出現象や中国の指導者が急速な進歩を期待しすぎた結果が、この種の問題を中国社会に発生させている可能性があります。このことが世界の経済や社会の問題に新たな課題を投じることになりつつあります。
  •  横浜に寄港した大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の多数の乗船者が新型コロナウィルスに感染される事態が発生しました。クルーズ船は横浜港を出港し、中国、ヴェトナム、台湾など東アジアの旅を終えた後、再び、横浜港に入港したときには、船内では検疫のために航海を差し止めしなければならない状態になっていました。多くの乗客は、一定期間船内に隔離され、ウイルス検査や健康観察が行われ、その期間に感染が確認されなかった乗客のみが下船を許され、日本人の場合は公的交通機関を利用して自宅に帰り、一定期間自ら健康状態を観察する環境に置かれました。日本人以外の多くの乗客は国別に手配されたチャーター機を利用して自国に帰国しました。しかし、クルーズ船の乗客の下船後に、国内でコロナウイルスに感染する事態が散発的に多くの場所で発生し、学校の休校、民間企業の勤務状態の変更などの必要性が全国的に生じ、多くのイベントが中断される事態が発生しました。しかも、感染経路の追跡も不能となり、感染拡大防止のために実施したクルーズ船内の対策、下船後の国内での対策の内容にいくつかの疑念が生じる問題が発生しました。正しく対策が実施されたのであろうか。
  •  戦争と感染症は人類の歴史を左右する大きな話題であり、感染症の歴史は生物の出現とその進化の歴史とともにあるとも言われています。これまでも、民族や文化の接触と交流、世界の拡大、一体化などの現象の発生に伴って世界に流行してきています。人類の感染症への対応も、光学顕微鏡の発明などにより、多くの病原菌が発見され、それぞれに対策が実施された結果、地球上から消滅されたり、制圧されたりしており、種々なワクチンも開発されてきています。ペスト、天然痘、コレラなどの感染症の歴史が物語っているように、人類が生存していくためには、感染症への対応は無視できない課題の一つであり、日本でも、50年ほど前までは渡航先によっては予防注射が必ず求められていました。世界経済の進展とともに生活の豊かさが増し、最近では、このような制約も解除され、比較的、安易に渡航できる環境になっていました。この環境で、突然、コロナウィルスによって、虚を突かれた感じです。政府の対応も適切に行われているとは言えません。このような事態に対応できる能力が、個人からも、組織からも欠如してしまっているようです。リスク対応能力がなくなってしまっています。
  •  昨年来の政財界の「もりかけ」をはじめとする不正事件に続いて、原発に関連する贈収賄騒動、IR贈収賄騒動、選挙法違反騒動、桜を見る会騒動、検事長定年延長問題など、社会の常識で考えると不正と思われることが、「正しくない」と感じられなくなってしまった最近の日本社会のリーダ達の「無感覚さ」に驚く騒動や問題が多発しています。さらに、それらの問題に対して、多くの国民が無感覚になってきています。どうして、こんなに人心が乱れてしまったのか。どうして、このような思考の停止時代に突入してしまったのか。理解できない事態が次から次に発生しています。国会の議論も深まらない。現実を見る能力もなく、真実を把握する能力もなく、真実を隠蔽する体質の蔓延、記録を残さない重要情報を破棄する行為、論理的でない説明、虚偽の説明などの習慣化が蔓延し、古い知識と時代遅れの思考法、なれ合いの手法などを用いて、「新しい時代ができる」という錯覚に陥っている危険な状態が続いています。これらの現象は、政界のリーダである首相、財界のリーダである業界の長老達の「だらしなさ」がもたらした問題です。しかし、誰もその責任を感じて職を辞したり、腹を切ったりしていません。日本の武士道も地に落ちたものです。しかも、庶民までもがこれらの問題に無感覚になってしまっています。このような時代に、戦争や感染症の危機が襲いかかってくるのです。現在、世界は歴史的な危機の時代に突入しようとしています。その予兆は、日本社会でも、ここ数年来の出来事の中にもすでに起きていたのです。
  •  予兆の発生に、社会のリーダ達も国民も気づかない時間が一定時間経過すると、危機が現実化します。現在の危機はコロナウイルスです。庶民は生活の自由を奪われ、制約の中でもがく状態が続きます。中には死に至る人も現れています。これも今までの小さな失敗の重大さに気づかなかったからです。失敗を直視する能力欠如し、改善する努力を怠った結果です。この現象は、日本歴史上においても、世界の歴史上においても、最悪の時代を象徴する一つの事態になるでしょう。日本社会でのこの責任は、安倍内閣、平成の自民党、平成の政治家、平成の社会のリーダ達にあります。当然、これを容認した国民の鈍感さにもその一因があります。短期間に改善される問題ではなくなりつつあります。現在、取り得る最善の対策はリーダの人心の刷新です。民主主義社会のリーダの任期は一定期間に限定されています。通常は2期8年程度です。安倍内閣で2期を3期に改悪し、さらに4選すら主張する輩がいます。とんでもないことです。これでは社会を混乱に導きます。このことを国民はしっかり認識する必要があります。さもなければ、日本国は崩壊していくことでしょう。
  •  平成以降の日本の国力はどんどん沈下しています。経済的にも、科学技術的にも、将来の基盤が大きく傾きつつあります。もはや先進国としての役割も果たせない状態になり、外交上も国境そのものが不安定化し、強化したはずの軍備力も十分に機能させることができなくなり、日本の国が歴史的にも消滅してしまう危険に晒されることになるでしょう。無力な政治家をはじめとする日本のリーダ達は、自力で改善できる能力を失ってしまっています。戦後構築された日本人らしい社会環境や生活文化も次第に停滞が進んでいます。生活のための資源もすべて海外に求めなければならない環境になり、20世紀に進んだ科学・技術も、もう進歩する力を失っています。民主主義は次第に崩壊し、多くの若者も国内で活動する夢を失い、生活の基盤を海外に求めるようになります。日本の国がじわじわ崩壊し始めているのです。
  •  地方の過疎化一段と進んでいます。少子高齢化が進み、過疎化が進むと、子育て環境、教育環境、働く環境、生活環境がどんどん悪化し、人はその地域からどんどん離れていきます。一層過疎化が進みます。台風15号に襲われた千葉県では多くの電柱、鉄塔が倒壊し、一時は全県が停電になる事態になりました。台風19号でも河川が決壊し多くの家屋が浸水し、崩壊した家もあります。鉄道や道路も崩れ、孤立した地方もあります。特に東北の地方で多くの被害を受けました。その後の復旧も手間取り、多くの人が日常生活に困る状況になっています。千葉県は首都圏の一部であり、東京都の隣県です。東京都はオリンピックの準備で騒いでいるのに、隣県の千葉県は台風の被害で苦しんでいます。このような被害がさらに東北の地方にも広がりました。これが日本の実情です。このような実情も、地方の過疎化現象やインフラへの対応の遅れと無縁ではないでしょう。一番大きな問題は社会の仕組みの改革に取り組めない「政治の不毛さ」、「政治家の見識のなさ」、「政治家の能力の欠如」にあります。地方再生も、オリンピックもコロナウイルス危機とともに崩壊寸前に追い込まれています。まさに「国難の到来」です。
  •  「国破れて、山河あり」の言葉通り、質の悪い政治家や社会の指導者達が混沌とした情勢に我々を導びこうとしても、安易な妥協はせずに、最後は己を信じて自ら研鑽に励み、日本を含めて世界のどこかに自分達の能力を生かせる道があることを信じ行動することが重要です。能力の劣る悪質な政治家、指導者に屈しない根性と頼にしない気力こそが最後に価値をもたらすものである信じます。
  •  その価値に夢を託して、庚子の年の、新しいチャレンジに向かって、頑張ることが重要です。