リーダシップ不足による民主主義社会崩壊の危機

 ここ数年来の政財界の「もりかけ」をはじめとする不正騒動に続いて、原発関連の贈収賄騒動、IR贈収賄騒動、選挙法違反騒動、桜を見る会騒動、検事長定年延長問題、公務員倫理規定違反問題、旧統一教会問題、五輪贈収賄疑惑など、社会の常識で考えると不正と思われる騒動や問題が多発した。社会のリーダ達や政治家達の人心が乱れ、正常な思考が停止する時代に突入していた。その影響が一般社会にまで波及し、理解できない事態が次から次と発生した。

 国会の議論は深まらない。現実を見る能力もなく、真実を把握する能力も乏しく、真実を隠蔽する体質が蔓延し、記録を残さない重要情報を破棄する行為、論理的でない説明、虚偽の説明などが習慣化し、古ぼけた知識と時代遅れの思考法、なれ合いの手法などを用いて、「新しい時代に対応している」かのような錯覚に陥った危険な状態が続いた。当初は、政治主導の改革を始める政治家の主張で進められたかのように見えたこれらの活動が、次第に統一教会という新興宗教に誘導された民主主義不在の腐敗政治に変化し、宗教汚染の浸透につれて日本社会を根底から腐敗させていった。この誤った政治を導いたのは自民党安倍派の政治家達が中心のグループであり、多くの自民党議員達が関与した。

 中でも、これらの現象は政界のリーダである首相や長老達の周辺に広がった。彼らの「だらしなさ」や「無能力さ」がもたらした問題であり、正しいリーダーシップの欠如がもたらしたものである。しかも、誰もその責任を感じて職を辞したり、腹を切ったりした者がいない。100回以上も国会で虚偽説明を行ったことが発覚しても、部下からの報告が正しくなかったの一言で、リーダとしての自分達が知らなかったのは当たり前と言わんばかりの陳謝を行っただけである。

 リーダとしての責任をとらず部下を処分して平然としていたり、新興宗教の広告的役割を演じてもその活動内容が自覚できておらず、自分達が虚偽内容を報告されても、それらの内容を十分に理解できなかったことに疑問を感じない人達の集まりになってしまった。このような暗黒の時代に、世界的な戦争やコロナのような感染症の危機が襲いかかってくる。新型コロナの発生も、日本の腐敗社会の形成も、ロシアとウクライナ戦争も、世界が歴史的に危険な時代に突入してしまった現象を示している。

 疑念を抱くような事態が発生しても、その真実を追究する行為を忘れて、その疑念の内容をごまかす説明を繰り返すだけの行動を行っていると、社会の質が劣化し、国民の質が劣化していく。社会の行動の質的劣化が生じる原因の多くは、社会のリーダ達の劣化から始まり、それに国家公務員の幹部が追従する形で現れる。誤ったリーダーシップの影響を受けた周辺の乱れが発端となり、その周囲に順次伝播しながら広がっていく。リーダ達も国民も気づかない期間が一定期間経過すると、劣化した範囲がより広い範囲に拡大し、危機が現実化する。コロナの感染によく似た現象が社会の至る所で発生するようになる。国家公務員幹部と利害関係者との倫理規定違反に該当する接待問題、五輪贈収賄偽悪などが、各省庁や国の関連組織で多発するようになり、関係者の自覚症状も乏しく、社会的な質の劣化が日常的な現象となり、社会の悪化がどんどん進むことになる。

 このような自覚症状のない劣化が進む社会状態になると、社会の不安定化が増し、経済的にも不安定になり、庶民は生活の自由を奪われ、制約の中でもがく状態が続くことになる。精神的苦痛や経済的苦痛に耐えきれずに死に至る人も現れる。このような世の中の変化も、今までの小さな失敗の重大さに気づかなかったからであり、失敗を直視する能力が欠如し、日常的な改善努力を怠った結果である。この現象は、日本の歴史上においても、世界の歴史上においても、最悪の時代を象徴する一つの重大な事象である。現在の日本や世界はこの状態が進んでいるのではないだろうか。

 日本社会でのこれらの責任は、政権の長期化を誇った安倍・菅内閣や平成の自民党、平成の与野党の政治家、平成の社会のリーダ達にある。これを容認した国民の鈍感さにもその一因がある。これらの問題は短期間に改善される問題ではなくなっている。現在、取り得る最善の対策は、問題の発端になっているリーダ達を含めた人心の刷新である。事態が重症化してくると、刷新の繰り返しが必要になったり、一時的に新しい組織の創設すら必要になる。

 先進の民主主義社会のリーダの任期は一定期間に限定されている。民主主義社会では統治期間が長期化すると、質が劣化する弊害が発生するからである。しかし、安倍政権ではこの原則を無視し長期化を図った。もう一度、日本国民は民主主義の原則を徹底的に学び、真を把握し改善する必要がある。新型コロナウイルス問題や各省庁の倫理規定違反の問題などの発生は、我々にそのことを教えてくれている。それに正しく対応できなければ、日本の民主主義社会や豊かで安心できる生活環境などが次第に崩壊していくことになるだろう。コロナ危機の問題と併せて、社会体質の改革の問題も取り上げ検討する機会が訪れていると言える。

 2022年に実施された参議院選挙で、自民党出身の元首相が選挙運動中に暗殺される事件が発生した。この事件に関連して、事件の容疑者の関係者、元首相や自民党関係者、宗教法人旧統一教会やその教会の信者、社会問題発生時に関与した弁護士やその関係者、政治家などの関係者が調査対象になり、政治と宗教の関わりなどが調査された。それらの調査結果から、自民党政治と旧統一教会の関わりの中に日本の民主主義を崩壊させる大きな要因が潜んでいたことが明確になった。以前から噂されていたことであったが、安倍政権発足以来発生した多くの社会問題の中にこれらの宗教活動を悪用し民主主義の崩壊を齎すような政治活動が存在していた。それらの主役を演じたのは自民党安倍派の議員達であった。当然、安倍元首相が関係したことは明確である。その一つが選挙時の票集めの問題であり、旧統一教会組織名変更問題である。自民党内での当選議員ですら旧統一教会の協力の強弱に支配されていたことや票の分配を安倍元首相の側近達が行っていたことが明確になったり、統一教会の信者が悪徳商法と関係し、信者の家庭崩壊を齎す事件などが発生している。更に、自民党の下部組織と旧統一教会の関係などの問題がクローズアップしてきている。

国難到来の認識

 平成以降の日本の国力はどんどん沈下している。経済的にも、科学技術的にも、昭和時代に築いた国の基盤が大きく傾いた。もはや先進国としての役割も果たせない状態になり、外交上も国境そのものが不安定化し、強化したはずの軍備力も十分に機能させることができなくなり、日本の国が歴史的にも消滅してしまう危険に晒らされている。無力な政治家をはじめとする日本のリーダ達は、自力で改善できる能力も環境も失ってしまっている。戦後構築された日本人らしい社会環境や生活文化も次第に停滞が進んでいる。生活のための資源もすべて海外に求めなければならない環境になり、20世紀に進んだ科学・技術も進歩する力を失っている。日本の民主主義は次第に崩壊し、多くの若者も国内で活動する夢や希望を失い、生活の基盤を海外に求めるようになってきている。日本の国がじわじわ崩壊し始めている。この社会変化を政治家達が認識できていない。

 地方の過疎化も一段と進んでいる。少子高齢化が進み、過疎化が進むと、子育て環境、教育環境、労働環境、生活環境などがどんどん悪化し、人はその地域からどんどん離れていく。一層過疎化が進む。台風に襲われた地方では多くの電柱、鉄塔が倒壊し、一時は全県が停電になる事態になった。台風時の降雨量や線状降水帯の発生で河川が決壊し多くの家屋が浸水し、崩壊した家もある。鉄道や道路も崩れ、孤立した地方もある。特に九州や中国地方、東北地方で多くの被害が発生した。その後の復旧も手間取り、多くの人が日常生活に困る状態になった。 このような過疎化が世界規模で進むようになると、日本の国の過疎化が問題になる危険性がある。アジアにおける中国と日本の関係が過疎化問題に発展する危険性を有しているからだ。

 これが日本の実態である。このような災害の発生は、地方の過疎化現象や社会インフラへの対応の遅れと無関係ではないであろう。一番大きな問題は社会の仕組みの改革に取り組めない「政治の不毛さ」、「政治家の見識のなさ」、「政治家の能力の欠如」にある。地方再生もコロナウイルス危機とともに崩壊寸前に追い込まれている。観光事業の再生だけでは地方の過疎化は改善されない。まさに「国難の到来」である。

中国の隣国日本の過疎化への懸念

 日本の国力は低下し、国内では地方の過疎化が進んでいる。世界やアジアにおける日本の立つ位置は、これからどうなっていくのだろうか。国民はそのことに疑問を感じ、これからの自分たちの方向を見定め、行動を起こさねばならなくなってきている。国際的な日本の環境は発展している中国の隣国である。中国の経済はこのコロナ危機でも、コロナ0政策を掲げて感染拡大を短期に沈静化させ、世界の先進国が混迷状態を続けている中でも、単独で成長を進めようとする行動を続けている。日本はコロナ危機に対する成功のための科学的根拠も乏しく、感染拡大もままならない状態で、頼みの綱のワクチンや治療薬、常備薬の供給も、海外からの供給に頼らなければならない状態が続いており不安定要素が改善されていない。

 昭和の末期には、中国は開発途上国の状態を脱出するために日本に経済協力、技術協力を求め、日本も鉄鋼業をはじめとする多くの産業分野で積極的に協力し技術指導を進めた。その過程で、グローバリジェーションの名の下に、中国の大きな市場の利用や中国の労働力の活用を進めるために、日本や欧米の資本を中国に積極的に投入し、世界の工場とする計画が進められた。その結果、日本では国内生産力が低下し、必要な工業製品を中国で生産し、中国からの輸入に頼らなければならない状態にしてしまった。日本国内は物造りの生産環境を失い、労働者は雇用環境の悪化と付加価値の低いサービス産業への転職を余儀なくされる状態になった。日本や欧米の中国への投資は、日本の労働者の働く環境を悪化させ、中国の労働環境を向上させ、多くの富を日本から中国に移転してしまった。職場を失った日本の国民は次第に貧しくなり、日本の国力を低下させてしまった。

 平成の時代に中国は豊かになり、日本は次第に貧しくなる状態が造られた。首都圏の隣県が過疎化する状態が進んでいったのと同じような社会環境の変化が中国と日本の間に造られるようになった。中国は権威主義国家であり、14億の国民を統治するためには国内的には権力の強化が不可欠であり、同時に国際的にも国力の強化が求められることから、経済成長とともに軍事力の強化と中央集権化の強化を進めるようになった。主義主張の異なる隣国の軍事力の強化は日本にとつては脅威である。隣国の経済成長のために世界的な経済条件の観点から進めた日本の技術指導の結果が、相手国の軍事力の強化で自国を苦しめる条件になると考えもしなかった事態か発生するようになった。

 中国市場の利用と安価な労働力の活用によって、日本の企業は利益を得ることになり、サプライチェーンの変化や円安の進行によって、日本企業は国内業績も向上し、内部留保を高めていった。逆に、日本国内の労働者は製造分野からサービス分野への労働人口の移動を余儀なくされ、労働の質の低下と収入減が生じることになり、サプライチェーンの不安定さが増した。派遣や不定期労働者の増加によって、雇用率は高くなっても雇用が安定しない労働者が増加し、工業製品や消費財の輸入による物価の高値と合わせて、労働者の生活条件の不安定化が進み、生活環境も次第に貧しさを増すようになっていった。国力の変化に伴って円安も進行し、原材料や日常品の物価、エネルギー費も高騰し、賃金が上昇しないまま、国民の生活費は増大するようになった。生活困窮者も増加した。

 日本政府のように、場当たり的な政策の推進と国民の人気取り的な政策の実行では、やがて日本は中国の過疎地域となってしまう。中国は政治と経済を一体化し国力の強化を進めているのに、日本は政治と経済の分離を当たり前のごとく考えて、日本企業は中国に活動の拠点を設け、企業としての利益を上げても、国としての富は中国の労働者が得た収入分の増加は日本の労働者には減収分となり、中国は豊かになるが、日本は貧しくなる現象を発生させることになってしまった。更に、日本の今後の人口の減少を考えると、中国と日本の成長の格差が一層大きくなっていくことになるだろう。

 昭和の時代は、日本は豊かで中国は貧しい国であったが、令和の時代には逆転し、中国は豊かに日本は貧しい国となり、次第に過疎化していくことになる。平成30年の間に、中国に移転した労働者の収入減を上回る新たな労働者の収入増を企画し創造できていれば、社会の高度化を実現でき、これらの現象を防ぐことができたがそれを怠った。科学と技術、情報と通信などを活用し、社会環境の整備と高度化を実現する対策を怠り、株式などの金融対策に期待した「小金持ちの成金根性」が日本の政策的失敗を導いた。資源の豊かなアメリカを真似て行った金融政策は、資源が乏しく、財産である科学技術の活用や高度な社会の形成、国民の勤勉性を生かす日本の特徴を破壊し、国力を弱体化した。「みんなが大家さん」になっても、小金持ちの集合では富の形成は簡単には進まない。

 中国は権威主義国家である。しかも、人口14億人を抱える国である。専制主義の統治が安定化のために不可欠な国である。権威主義国家や専制主義国家では将来の成長の伸びに限界が生じる。それは経済成長に不可欠な人間の自由な発想や豊かな創造力を活かすことができないからである。日本が中国経済圏の中で過疎化すると、今までの民主主義的な自由な経済圏の考え方の創造力が停滞し、経済成長が期待できない国になってしまう恐れがある。日本の将来のためには中国の経済圏から脱却し、欧米のような民主主義的な自由な経済圏の基盤の元に、日本人独特の特徴とその自由な発想力や豊かな創造力を活かした経済活動が可能な環境を整備し、その環境を独自に発展させる国造りを進める必要がある。それによって、次第に成長力が乏しくなっていく権威主義経済圏の活性化を図る道も開拓できることにもなる。中国の未開拓市場の開発や安価な労働力を活用する前時代的な経済活動に頼るのではなく、科学・技術と日本人の勤勉さと才能を生かした次世代の豊かな人間社会の形成を夢見た日本独自の経済活動に変換すべきである。その結果として、今後停滞していくであろう中国の経済も吸収可能となり、時代の変遷につれて日本も中国も共に成長し、アジアを成長させる原動力が形成されることになる。まずは、日本独自の経済活動力を高める必要がある。

国民の積極的な声が社会を変える

 自分たちの祖国が過疎化し、滅びることを黙って眺めている国民などは、どこの国にもいない。日本の国民とても同じである。政界や財界の指導者が国民のためにならない行動を行う場合には、国民はそれを阻止し、国民のためになる方向に進路を変更させる必要がある。その相手が首相や政府関係者の場合には、選挙を利用して国民のためになる有能な人材を選出する必要が生じる。もし、国民に選ばれる政党がそれに値しないならば選挙で選ぶ政党を適正な政党に選出し直す必要がある。それに対して国民が「勇気を持って」適切な見方や行動をとればよい。現在の内閣が不適切であれば、それを選んだ与党を否定すればよい。

 2020年にアメリカで行われた大統領選挙では共和党のトランプ氏が落選し、民主党のバイデン氏が選出された。アメリカには新しい変革の芽が国民によって生まれた。一方の社会主義国家のロシアは、2022年に支持率80%超のプーチン大統領が隣国ウクライナに侵攻しウクライナ国民500万人超が避難民となって海外に脱出する悲劇を起こしている。ロシア国内でも戦争に反対する若者がロシア国内から脱出する事件が発生している。アメリカとロシアの国民の政治的関心の有無や強弱が生み出した21世紀の現象の差異なのだろうか。この差異が両国の国民の将来を「成長と衰退」の2極に分断するのであろうか。

 野党が頼りないから与党で我慢する選挙では社会は変化しない。野党に大胆に政権を移す試みを行うか。既存の政党の改革を国民自らが進め、新しい自民党や新しい立憲民主党、新しい共産党などを形成するのもひとつの手段かもしれない。少なくとも、「現状のままでは駄目だ」という意識を多くの国民が持つ勇気が求められる。少なくとも、長期安定政権は将来のためには役に立たない存在であることを知るべきである。

 国民が首相として最も適切な人材がいる政党を選ぶことができるようになると、国民が適切と考えている首相が選出可能になる。首相に適切な人材もいない、政党自身も自分たちの中から適切なリーダを選ぶことができないとすると、国の将来を期待することができなくなる。現在の与党がそのような状態ならば、一度、与党を否定して、別の党か党の連合体を選出すればよい。国民が無関心であったり、国民の発信が少ないと政治家は国民を甘く見るようになる。国民が適切な言動や的確な行動を行うと、それに対応できる優秀なリーダやグループが現れる筈だ。それが日本国だ。国民自身が政治や経済に関心を持ち、多くの健全な意見を発信すべきである。

 「国破れて、山河あり」の言葉通り、質の悪い政治家や社会の指導者達が混沌とした情勢に我々を導びこうとしても、安易な妥協はせずに、最後は己を信じて自ら研鑽に励み、日本を含めて世界のどこかに自分達の能力を生かせる道があることを信じ行動することがまず重要だ。能力の劣る悪質な政治家や指導者に屈しない根性と頼にしない気力こそが最後に価値をもたらすものであると信じて行動する必要がある。現在の日本社会に求められているのは、庶民の積極的な大声である。大声の集まりが新しい日本の創世に必要な根源になる。質の悪い政治家や指導者を一刻も速く、現在の社会から駆逐し、伝統的な日本社会の特徴と新しい時代の特徴が一体化した社会の構築を進める必要がある。

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