ようこそ 続老後と公園のホームページへ 令和8年3月16日

 自然界も、人間社会も、共に、再生の原理・共生の原理をベースに、自然界に存在するすべての生き物が絶えず種々の環境に対応しながら、最適化と合理性を飽くことなく追求し、持続可能な環境の維持を求めて世代を超えて永遠に生き続けるために、この基本原理の下に諸活動を続けている。

 緑の回復と人間性の向上をテーマに建設された国営昭和記念公園の理念と自然界の基本理念である「再生の原理」・「共生の原理」を一体化して、公園の諸活動を紹介しながら、180ヘクタールに及ぶ広大な公園内での生き物のドラマ、各種植物の生育状態、動物の活動状況などを報じ、再生・共生、多様性の観点に焦点を当て、今後の自然界や人間社会の諸問題についても検討を加えながら、持続性可能な社会改革や経済再生の進め方などについて考えてみたい。

 まずは、右の女性説明員の画像をクリックすると

   「国立昭和記念公園の理念」

   「再生の原理・共生の原理を求めて」

に関する音声による解説を聞くことができる。

.春到来間近な公園

 先週の気温は10度C前後で変化したが、今週の気温は15度C前後で変化するようだ。厳しい寒さからもお別れする時期が到来することになる。20日前後には国内のソメイヨシノが咲く開花予報が流れている。月末までには昭和記念公園のサクラの花も咲き出すことになるだろう。気温も一気に上昇することだろう。

 公園で咲いている花の種類もまだ余り多くないが、クロッカス、クリスマスローズ、ムラサキハナナ、キバナセツブンソウ、原種スイセン、ユキヤナギ、ハクモクレンなどが咲き始めている。クロッカスの咲き具合が昨年ほどでないのが気になる。

 気温の上昇につれて人出も次第に多くなることだろう。

2.高市政権発足と物価対策

 国会が始まった。高市内閣が本格的に稼働し始めるのかどうか。種々の問題がありそうだが、先が見えてこないのが問題である。日本社会とは無関係に、政治が何も行動できない間に、物価の高騰はどんどん進んでいる。いつまでこの高騰傾向が続くのか先が見えない状態が続いている。自民党の圧勝によって世の中の物価の高騰が自然に抑制されるようになるとは考えられないが、緊急的な行動が必要な事態になっているのではないだろうか。

 アメリカとイランの紛争も落ち着く気配を感じることができない。紛争が続けば石油などの輸送に障害が生じ、物価の高騰に影響を与えることになる。近々、日米協議が行われるが、イランとの紛争に日本が巻き込まれないかが心配である。若い人が高市政権に期待した方向が予期しなかった方向に動き出さないようにしなければならないが、高市トランプ会談がどのように話し合いを進めるのかが心配である。危険要素を抱えた政治の指導者を選択することの危険性を経験する可能性がある。要注意。

 政府は物価対策に関連して、消費税の問題は国民会議で検討する程度の「のんきなことを言っている」状態では、年内に着手することは不可能だろう。3分の2の絶対多数を与えられた政権が「ひと呼吸」入れないと行動できないようでは情けない。数の上の権力が与えられても、国を治める知恵の権力が健全に機能しないと物価対策などは打てないだろう。このような状態では、何もやらないうちに時間だけがどんどん進んでいくことになる。庶民の困窮状態は増すばかりである。庶民が高市政権に大きな期待を寄せ過ぎたことが間違いだったかも知れない。実力を伴わない政治家が話しぶりで格好をつけて振りだけ見せても、難しい経済問題に即座に対処していくことができるとは考えられない。そのような能力を高市政権が持っているとも考えられない。どんどん、手遅れになっていくのではないか。社会が崩壊すると、手が打てなくなる。

 物価高騰と賃上げの負のスパイラル現象や物価高騰の継続性は、いつまで続いていくのだろうか。政府が実現可能な対策を見つけることができるのだろうか。国民はいつまで我慢すれば答えが出てくるのか分からない。いずれの課題も、まだ、解決の目処が立っていかない。たとえ、消費税減税対策を直ちに実行できるようになっても、種々の対策を具体化し行動を始められるのは早くても27年秋から28年春頃以降のことになるだろう。少なくとも、あと、2~3年先まで我慢しろと言うことになるのか。着手が遅れるとそれがどんどん先へ伸びていくことになる。首相達の周辺の人々ほど庶民の生活は楽ではない。

 このような「訳の分からない女性」の首相の話振りを信じて、選択した多くの国民の選挙行為が誤りであったのか知れない。今頃、気づいて反省しても、もう手遅れだ。ひとつ間違えると、日本社会は経済不況のどん底に沈んでいくことになるかも知れない。世界の多くの人々も日本が震源地になって世界が不況になることを心配している。恐れている。

 なぜ、庶民は今回のような選挙結果を求めたのであろうか。多くの庶民が物価の高騰で生活困窮状態に追い込まれている現状が選挙に影響したのであろうか。若年層の社会経験の不足が齎した選挙への判断ミスの影響なのだろうか。選挙結果に表れた多くの庶民の要望を自民党の議員達が理解して、知恵を絞って、その要望に応える対応策を提案し、問題改善に向けた急速な行動を起こせるようになっていくのであろうか。選挙後の多くの課題が時間と共に問われるようになるだろう。

 現在の日本社会の状態や経済界の実力、通常時の政治家の能力などから考えると、これらの諸問題を短期間に解決できる状態にはなっていかないだろう。少なくとも、3~5年の歳月が必要になることが予想される。場合によっては、時間の問題でなく、解決の方法やその行動していく方向が予期しなかった、とんでもない方向に動き出し、将来の新しい社会問題に変化していく可能性すら起きることが予想される。適切な物価対策が実現しない状態で次の社会問題に移行していく可能性がある。

 2027年以降になって、物価の高騰傾向が収まらず、賃上げの効果も期待できない状態に進んでしまうようになると、庶民の間で政治への不満が今まで以上に高まり、社会の不安定化が増すであろう。その悪影響を避けるために、庶民は「自助の精神」を活かして自らの考えで自らの生活を守るために、個人ベースで生活習慣を整え直す行動が必要となるであろう。それは公助を期待することができないからだ。新たな問題はこれらの個人ベースの対応が不能な人が、日本社会でどの程度発生するかということである。

 平成時代の長期失政の影響を受けた日本社会は、短期間に回復できるようなレベルの社会の状態ではない。庶民は我慢できるギリギリの瀬戸際まで追い込まれている。このような状況が一定の期間続くと、自民党の政治家達も選挙終了時のような謙虚な気持ちが薄れ、特有の「虚飾と傲慢に満ちた政権」の姿を表すようになっていくだろう。多くの新人議員もこの習慣に馴染むように変化していく。この自民党の変化と庶民の社会への不満が重なると、政権への国民の信頼が薄れはじめ、自民党の信頼度も急速に低下するようになる。短期に成果を期待した庶民は空しさを覚え失望することになる。政権への不信の高まりは高市政権の維持を困難にするだろう。当然、庶民の生活は一層困窮状態に突入していくことになる。

 更に、2027年の自民党の総裁改選後以降までも高市政権が続くような事態になると、日本社会の経済的不況が一層悪化し、最悪の場合は財政破綻、そこまで行かなくても、インフレ傾向が一層強まり、庶民の所得と物価の生活バランスが崩れて、多くの国民が生活苦に突入することになる。企業倒産が増加し、失業者が増加し、生活苦から自殺者が増加する現象が社会に起きやすくなる。平成の安倍政権、令和の高市政権、この2つの政権が引き起こした21世紀の日本経済史上の珍事として、歴史に残る話題になる可能性がある。日本沈没になる可能性すら感じる。大不況が訪れることになるだろう。

 「庶民の社会認識の甘さ」を安易に独断し、即決した政権のエゴの結果が思わぬ方向に動き出すことになる。経済は成長し続けるのでもなく、急速に低下していくのでもない。しかし、時間が経過すると状態が次第に悪くなり、「生活が貧しくなった」と多くの人が感じるようになる。消費傾向は英文字のKの文字のように、消費を進めながら生活を満足させている層がいる一方、その日暮らしもままならずになんとなく暮らしている層もいる状態になる。当然、後者の割合が多くなっていく。政府は「責任ある積極財政」の実施過程と説明するが、庶民には曖昧で先が見えない経済状態に写る。このように社会全体に不思議な現象を発生させながら、社会全体の不安定性が増加する方向に進んでいく。ある段階までくると、庶民はどうすることもできない状態に至ってしまう。

 社会のリーダー達はこのような現象の発生を予想する能力にも乏しく、当然、それらへの対処法の準備もできていかない。現在の政権やジャナリストを含めた日本社会全体が、これらへの問題に対処できる能力が欠如した状態で社会の変化だけがどんどん動いていくことになる。政界人も、財界人も、誰も手出しができない状態に進む。そのうちに、この社会の変化を当たり前のようなものに感じて、庶民も安易に受け入れてしまう。生活水準は大幅に低下する。庶民の内部には大きな不満が残るが、我慢しかできずにそれを受け入れてしまう。これが庶民の実態である。暗い日本社会の広がりが庶民の日常を一層暗くし不安を増す。

 「庶民の社会認識の甘さとそれが引き起こすその後の課題」に注意が必要である。

3.物価高騰への政府対応

 昨年来の物価の高騰傾向は今年も続いていくと予想されている。世間の景気予測もそれほど頼もしさを感じるようにはなっていかない。政府からの支援のための給付金も期待できなくなり、消費税対策も言葉では叫んでいるが曖昧な内容であり、即効性にも乏しい。実行段階になっても、物価の高騰割合に比べて減税割合が低く満足する状態にはならない。賃上げも物価の急騰には追いつかず、負のスバイラルを解消できる状態にはなっていかない。単純な賃上げは企業規模に応じた企業間格差を拡大し、庶民間の社会格差を広げていく問題を残す。一般庶民の多くが生活困窮者になっていく。

 政府は庶民に給付金を配っても預金に回して、即消費に使用しないから意味がないと考え、物価対策の給付金話は消えてしまった。庶民は日常から倹約し緊急時に使用できる預金を確保する行為を意識的に行うようになっている。これは非常時に政府の対応が緊急的に期待できないため、手遅れになる事態を避けるために行う非常のための預金であるという意識を政府が理解できていない。現状のように急激な物価上昇が発生すると、取りあえずは準備金で蓄えた預金を活用して対処し、その穴埋めは次の給付金で行い、基本的な問題の解消には賃上げや自らのアルバイトを増やしながら、生活上の収支バランスが再整備できるまでの手段として活用する。この方法が我慢しながら急場を凌ぐための庶民の生活上の知恵のひとつでる。この手段を無意味なものと考える政府関係者は庶民の生活実態を認識できていない無能力者の集まりと言える。

 高市政権は日本初の女性総理の就任として期待されていたが、総理自身が知恵が働きそうな人でもなさそうだし、庶民の生活の知恵にも気づかない有様では、女性総理としての利点を発揮することはできないだろう。就任早々、中国との間で台湾に関係する話題で悶着を起こしてしまった。その結果、例年行事であった春節の中国からの来日者数も大幅に減少することになり、観光産業に大きな打撃を与えてしまった。更に、レアアースの供給停止処置などが実施されるようなことになると、経済的問題が発生する可能性が大きくなる。経済不況、企業倒産の多発、失業者の増加などの連鎖的な社会問題の発生に進むことになると、庶民の生活は一層苦しくなる。こんな筈ではなかったと嘆いても遅すぎることになる。

 高市政権は周辺の人材や中央の優秀な役人を活用する能力にも乏しいと言われている。独断専行型で管理者としても必ずしも優れているとは言えない。周辺に優秀な人材もそろっていないようである。男性から女性に切り変わった効果も期待できそうもない。首相一人が慌ただしく動き回っているようでは、広く国を治めていくこともできないだろう。首相としての見識にも乏しく、世界における日本の立場も十分に理解できていないようだし、世界において「ものの言える存在」にもなりそうもない。一言語れば問題を起こすタイプであり、複雑化した組織を合理的に活用していく能力にも乏しそうだ。300人を超える自民党の政治家達も呆然としている状態が続くだけである。絶対多数の政治家群として、政治的に機能しない大きな群れであるに過ぎない。情けない状態が続く。

4.令和の没落の始まりか、人類の歴史の始まりか

 このような状態が今後も進むようなことになると、「平成の没落」に続いて「令和の没落」が始まることになる。今後、日本経済への悪影響が加速化することになり、庶民の生活苦は益々大きくなる。更に、進める方向を一つ間違えば100年前の日本社会に逆戻りする危険性すら考えられる。社会は不穏な雰囲気に包まれるようになり、庶民は極貧生活に追い込まれていくことになる。一層覚悟が必要になる。

 高市政権では積極財政の出動先に関連して、防衛産業の再編成や関連法律の検討が話題になっている。この話が進展し財政の出動先として防衛産業が関連付けされるようになると、やがて防衛産業が軍需産業に変わり、財政の多くが軍需産業に投資されることになる。当然、福祉関連への投資は減少に向かうことになる。投資先の軍需産業では新しい兵器を開発したり、武器や弾薬の生産を増やし、自国や同盟国へ武器や弾薬を供給することで経済の活性化を進めることができるようになる。世界で争いごとが絶えない限り武器の需要は続き、活性化する。

 軍需による活性化は民需による活性化に比べて、一般的に規模は小さい。規模を大きくするには、小さな争いごとを数多く世界中に散発させたり、世界的規模の戦乱を引き起こすことが不可欠となる。その結果、世界の広い範囲で争いごとが頻発し人命や資産の損失を招き、悲劇を生じさせると同時に資源の収支バランスを悪化させることになる。必要に応じて、戦争の終結処理や戦後の復興活動のために日本の若者達が利用される。

 更に、日本の軍事力の強化を進めるようになると、新兵器の開発や兵器の生産、弾薬の生産などが必要となり、経済を刺激する要因が生まれるが、これらの行為を繰り返し実行しないと持続的な経済活動とはならない。そのためには、他国間の戦争を策略的に計画したり、自ら他国と戦う状態を造る必要性が生じてくる。これが第二次世界大戦前の日本や世界の状態であった。ヨーロッパのアジアの植民地を求めて、資源を確保する目的で他国への侵略行為を開始した日本陸軍の行動が第二次世界戦争を拡大させていった。世界戦争は多額の戦争維持費と多くの有能な若い人材を求めるようになり、浪費を進める。今後の「戦う若者の確保」のために多くの日本の若者が求められるようになり戦線に派遣されるような事態に進んでいく。

 戦争によって、多くの日本の若者や世界の若者が犠牲になり、多くの資産の浪費が進む。戦乱の終結後は、復興のために多大の資源とエネルギー、人材が必要となる。そして、「戦争と復興」の行為を繰り返すことによって経済の活性化を図ることが可能になり、軍需国家体制に支えられた争いごとを常に求める経済社会ができあがっていくことになる。

 第二次世界大戦時や大戦後の日本社会はこの効果を活用した社会であった。見方を変えて世界の戦争を眺めると、ロシアとウクライナの戦いや中東アジアの争い、過去に行われた朝鮮戦争、ベトナム戦争、イラクでの戦争など、発生の原因はそれぞれ異なるが、経済的な要因としては同じような現象として捉えることができる。このようにして、人間社会は戦うことを繰り返さないと経済成長ができない社会に再び戻っていく。人類の歴史はこのような現象を永遠に繰り返し続けることになる。戦後の日本国憲法は、戦争終結時に、この「人類史の悲劇」を断ち切るための試みとして世界で実現したものである。 従って、この憲法は戦争することを禁じている。争いごとのない世界を築くことが大前提である。

 軍需産業による経済効果は、民需産業に比べて生産性が悪く、無駄が多くなり、多様性も失われて、経済的価値も低下することになる。経済の持続性への影響にも疑問が残ることになる。従って、経済規模の割には庶民の生活水準の豊かさに貢献しない社会の仕組みになっていく。しかも、戦時体制時には民需産業が縮小されたり停滞されていく傾向が生じる。不安定で持続性の乏しい社会に進んでいくことになる。高市政権と日本維新の会の連立政権は「戦うことのできる社会」「戦うことを支援できる社会」を構築することに動いている。世界で争いごとが多発する社会を夢見ている。危険だ。

 それにしても、21世紀の新しい日本社会の創造を意図した行動を起こす場合に、このような悲観的な発想にならなければならないのはどうしてだろうか。社会改革を進めるリーダーの選出に問題があるからであろう。このようなレベルの低い人材しか選べなくなってしまった日本社会や自民党、日本の政治家達、日本国民の政治への関心度などに問題があるからである。

 政界・財界を含めて、社会全般で人材不足の時代に突入したようである。昨年来、社会改革や経済成長がいろいろ騒がれているが、順調よく行動を進めるのは多難な時代になってしまった。困ったことであるが、これが現在の日本の実力だと評価しなければならないのが情けない。平成以降の日本社会の没落を一層意識するようになった。日本沈没という没落の始まりにならなければよいが、令和の社会が心配である。

 しかし、考え方を変えると、第二次世界戦争後の社会のように一度どん底まで沈んでしまって、そこから再起する行動が必要になるかも知れない。その場合、昭和の末期に得たような豊かさまで再起できるかどうかは疑問であるが、そのような経験を味わわないと立ち上がることが不可能な事態になる可能性がある。立ち上がっても、効果的に推進するに必要な人材や資源の確保、復興投資の有無や投資額の限度など復興のための環境に問題が生じて頓挫する危険性が生じる。

 戦後の1945年から1985年までの40年間の国際環境や日本社会の環境、日本国再建のための国民の苦労などは並大抵のものではなかった。再び、国家再建の道のりを歩まねばならないのかと考えると、その当時以上の困難を乗り越える覚悟が求められる。10代で終戦を経験し、その後80年近い歳月の時代を日本社会の再建のために、第一線で生き抜いてきた人間だからこそ、その実感を身にしみて振り返ることができるのである。幸福に満ちあふれた現代人には不可能かも知れない。

 そのような厳しい体験を避けるために、今やらなければならないことは、どんどん進む現在の「日本社会の没落」傾向を早期に止め、十分な計画に基づいた社会改革、経済再生の行動を国民が一体になって、全国民の力を結集できる体制を整えて、積極的に進める必要がある。

 このような行動は、独善的でアイドル的な雰囲気の選挙を平然と行った現在の高市政権では不可能である。日本の国を一層劣化させることになるであろう。悪いシナリオの方向にどんどん進んでいく危険性が大きいと思う。戦うことを繰り返す人類の歴史を変えることができないだろう。

 日本社会や世界情勢は重要な局面に直面している。台湾問題レベルを超えている問題でもある。

1.裏金疑惑問題の根底にあるもの(音声解説)

 国民は裏金問題に関連して自民党が進めた処理の考え方に疑念を抱いている。代議士や国会議員は政治組織の幹部であり、組織の責任者であるのに、組織内で発生した問題に対して代議士が責任を負うようになっていない。政界では世間の常識と異なる考え方が通用している。

 自民党議員達は政治活動の自由を主張して、連座制による責任の実施に反対しているが、正義の考えが欠如した自民党のこの考え方では、民主主義のすべての原則が否定されるため一般的には通用しないだろう。単に自由を主張する政治活動は正義が欠如し、自由すら失われてしまう。更に、重大な問題は、政治家達が真実を求める姿勢を失い、その能力すら喪失してしまっていることである。これも平成時代の「虚飾と傲慢」が齎した大きな罪である。しかも、この現象が一般の社会にも蔓延して、真実を見ることができない人や責任を持てない人、目的に向かって適切に行動できない人が増加し、21世紀の社会改革を進展させることを不可能にしてしまっている。

 代議士や国会議員達は、中世の王様や貴族のような特権階級的意識で行動しており、民主主義社会の考え方に基づいた対応ができなくなっている。裏金疑惑も、脱税騒動も、民主主義社会での考え方と異なった考え方やそれに対する常識の無さが原因で発生した事件である。このような特権階級意識や利権を自分たちの欲望ために活用する考え方や行動の仕方は、戦後の昭和の時代にも存在したが、その後、その考え方が改善され修正されて、公共に役立つ活動や国民のQCサークル活動、自主管理活動などの各種グループの活動の活性化を齎し、社会の進歩や経済の成長に役立った。世界で信用された品質や生産性向上の成果は庶民の豊かさを増した。

 しかし、平成時代の政界や中央官庁において、この改善された考え方が再び破壊されて、その影響が一般社会にまで広がり、試験データや研究データ、重要文書などの改ざん騒動が多くの産業界や各種業界、学会で発生するようになり、特権階級の自己の欲望の増大に使用されるようにもなり、社会に大きな問題を数多く発生させるようになった。そして、社会全体に種々の格差が広がり、庶民の生活も貧しい方向に向かうようになった。国の世界における地位も低下した。

 その中心的役割を果たしたのが当時の安倍首相達のグループであり、安倍派を中心にした自民党の幹部達であった。その影響を受けて、産業社会の停滞や庶民の生活水準の劣化を招き、円安傾向の増大に伴って、一般庶民の実質賃金の上昇が阻害された。20世紀末までは、世界水準で最上位にランクされていた庶民の生活水準も、先進国の最低レベルにまで劣化させたしまった。更に、今後発生する科学水準、技術水準、産業水準、貿易水準などの低下を勘案すると、先進国の水準を維持することも困難な事態に進展する危険性を感じる。平成30年間の自民党が中心になって進めた政治政策、産業政策などの失敗の罪は極めて大きいと言える。

2.三権分立の崩壊・民主主義の危機への対応

 裏金疑惑の不起訴の理由は、安倍派の幹部が悪事を実行した証拠が見つからず、裁判で有罪とする確証が得られなかったことのようである。検察の調査内容の詳細は国民には分からないが、昨年末から報じられた不祥事から考えて、完全に無罪とは言えないだろうというのが国民の実感である。検察の調査方法に問題があったのか、検察が政治家に忖度したのか、現在の法律に不備があったのか不明であるが、今後、検察審査会で取り上げる問題に移るであろう。

 間違った考え方やわる知恵を生かして作成された法律で調査しても、真実を捉えることはできないであろう。国民は政治不信、国会不信に加えて検察不信をも感じている。三権分立と国民主権の存在は民主主義社会の基盤である。これらが破壊されることは民主主義国家の危機が到来していることになる。国民は、民主主義を守るためにこの危機への対応が必要になる。

 代議士や国会議員のような上級国民が犯した行為を、裁判を利用して国民に示すのも民主主義社会では必要なことかも知れない。裁判所がどのように検討し判断を進めていくか。裁判の過程を国民に知らせて国民がどのように感じどのように考えるかを知るためにも、なまの情報やデータに基づいた裁判をテレビ中継で国民に見させることも必要かも知れない。そうしないと、能力の低下した政治家達に反省を促す強力な武器が提供されていかない。残念なことであるが。

 国民が求めているのは事件の真実である。真実が灰色のまま終了するのでは、一部の権力者の不正な利権が残されたまま、真実が闇に葬られて不公平な社会が今後も残っていく。その結果、「虚飾と傲慢」に満ちた社会への変化が加速的に進み、国全体が劣化して国が没落していくことになる。最後は庶民が犠牲者となり、生活権を失うことになる。事態が悪化しないうちに防止する対策が必要である。

 平成時代30年間の日本の政治と社会の実態を分析・検討すれば、安倍政権や自民党が中心に行った悪徳政治の社会への影響や民主主義に反した考え方や行動の内容が判然としてくるだろう。平成時代は日本社会の歴史上の一つの暗黒時代であったことが立証され、国の世界的な地位の低下の原因も明確化するだろう。

 今回の政倫審を開催した結果、戦後の復興過程での「昭和の日本の歩み」と平成から21世紀にまたがる「平成の日本の歩み」を対照して比較検討すると、今後、日本社会の改革を進める上での考え方や日本人が改革を進める上で持たねばならない心構えなどが明確になるであろう。

 最後は、国民の決断による政治の刷新を進めることである。今後一年以内にやってくる選挙では、国民の総意に基づき行使する選挙権を用いて、この社会から悪徳政治を除外することである。現在の自民党を中心とする与党の「イカサマ政治」や「悪徳政治家」を排除する行為を実行することである。

1.民主的に悪性を正す方法(音声解説)

 政府不信、国会不信、検察不信の3不信が揃うと、三権分立も成り立たず日本社会では、民主主義が成立しなくなる。今後、国民の経済や社会への不満が高まり、生活の不安定化と連動して地域で武装蜂起のような現象が発生するようなことになると、アジアのいくつかの諸国のように、社会革命への道へ進むことことになり、社会は一層混乱することになる。

 安倍派を中心にした自民党の政治家の考え方はあまりにもレベルが低くく劣化してしまっている。経済的基盤も失われて社会が一定の秩序を維持できない混乱状態になると、健全な社会秩序を回復させることが不能な状態にもなる。その後は、国は滅亡状態になり、庶民の生活基盤は失われ、個人的に能力の発揮できる人は生きていけるが、そうでない人は生きることすらできなくなる。それから騒いでも遅すぎる。どうにもならない。

 江戸末期の黒船来航、物価高騰、世直し騒動、財政破綻などを機に、慶応時代の「ええじゃないか騒動」、明治元年に「戊辰(ぼしん)戦争」が始まり明治維新が実現したように、悪政が続くと新しい日本の令和の夜明けに向かって庶民の活動が活発化し、世直し行動が発生するのが過去の歴史であった。現在のような悪政が長続きしないのを世の常とするなら、悪政を打倒する新しい勢力の台頭が必要になる。しかも、その活動が民主主義の考えに基づいて行われなければならない。

 江戸末期の薩摩や土佐、長州などの若者のエネルギーが日本の国を救ったように、令和の時代の庶民の群れのエネルギーが新しい国作りのための行動を起こす時期が「今、到来している」のか知れない。自民党の内部やその他の政党の若い政治家達の中に、明治維新を進めたエネルギー源になったようなエネルギー源となる若者の集いが存在しないのだろうか。また、政界、財界、その他の関連する分野を含めて、新しい日本の再出発を試みる若者達の群れが生まれなければならない。安倍派や自民党幹部の老人達の弁解じみた説明では新しい日本を求めて行動する社会改革の起爆剤にはならないだろう。若者達の奮起を期待したい。

 それにしても、裏金疑惑に異議を唱え、ただの記帳不履行であると言い変える安倍派の議員さんの「品の悪さ」に呆れる。記帳不履行でも、数年間も、数件から数十件も、同じ過ちを繰り返す行為は犯罪行為である。政治家でも「裏金操作や脱税した議員は犯罪者だ」と言える。安倍派の議員達は自分達の言葉で、犯罪行為を立証している愚か者である。しかも、政倫審への出席は非公開なら出席してもよいなどと考えるようでは頭脳的に疑わしい人物のようだ。本来、公衆の面前で話すのを得意とする政治家がそれを避けると言うことは相当不都合なことがある証である。既に、安倍派幹部は政治家としての資格を失った人達の群れであるならば、少しでも常識的な見識が残っている間に議員辞職して最後の責任を果たしなさい。それが実行できるなら、民主主義的な解決方法の一つを選択できたと言える。

 安倍派幹部は還暦が過ぎた「60歳代のおっさんや爺さん」であり、日本の最高学府を卒業したらしい見識の持ち主の集まりでもある筈だ。その人達がこの状態では、「いい年して恥ずかしくないのか」と言いたくなる。責任を感じたなら議員辞職しなさい。職務に専念すると言いながら、給料泥棒を繰り返すことはやめて欲しい。貴方たちの能力では日本の社会改革は不能である。孫に語るのも余りにも恥ずかしい存在だろう。辞職後の処置は、選挙民による政界追放の処置しかない。現在のような状態をいつまでも続けていると日本は必ず没落する。世界の先進国からどんどん遅れてしまう。上級国民の最近の行動や言動が続くようでは世界の笑いものになり、孫からも嫌われる。国は先進国から下級国家に堕落し、ますます貧しい生活を庶民は強いられることになる。優秀な個人は日本国籍を放棄するだろう。

 裏金議員は全員次回の選挙で落選させ、世襲を許さない」を国民は決意しよう。

 犯罪を繰り返すような代議士や議員を国民は必要としない」と表明しよう

 暗殺事件や殺傷事件が発生する前に、民主主義的な方法で問題の解決を進めることが重要だ。

2.裏金疑惑の政治責任問題

 裏金問題の刑事責任は不起訴処理となったが、この種の問題には自浄作用という問題処理の方法がある。自浄作用とは、上級国民や責任ある立場の人に関連して発生した問題で、関係者または関係者が所属する組織などが、現法では法的には問題がないが、仁徳や社会環境、その他の条件などを考慮して、関連する立場の責任者や組織員が自ら反省して責任をとる行為などを行うことである。民主主義的な問題解決の一つの方法でもある。通常は刑罰的な責任は追求されないであろう。しかし、法律の不備などの問題がある場合には、当然法律の改正が必要となる。

 安倍派幹部の裏金疑惑に関連した問題でも自浄作用としての政治責任問題の処理法がある。

 今回の場合の政治責任として、一度、離党および議員辞職する。政界に復帰したい場合、次回の選挙で無所属で立候補し、当選後は復党することを可能にする。落選すると、政治生命を絶たれる。そのプロセスを経て、選挙民に評価してもらうぐらいの行動が最小限必要である。

社会・経済両面で厳しさ増す令和7年

1.自民党安倍派裏金疑惑発覚

 3年余り苦しんだコロナ感染恐怖からようやく脱出できるという安堵感と経済再生への希望の光が感じられるようになると思ったのも束の間、新たに自民党安倍派の裏金疑惑が発覚し検察が動き出す事件が発生した。多額の資金を活用して進める自民党の政治活動は、政治家個人が多額の資金を調達する必要性に追い込まれ、パーティー券という仕組みを利用して企業や個人からの金銭の提供を求める体質を育んでしまった。しかも、「裏金」と呼ばれる使途不明金に換金してしまう不正行為まで育て、慣習化した。

 これが政治家達の正義か。国民は、思わず「嘘だろう」と叫びたくなる。国民は困窮に耐え、1銭でも正しく納税義務を果す努力をしているのに、政治家達は裏金を造り政治活動という口実で脱税している。しかも、国民や社会に役立たない私利私欲のための政治活動を行っている。これは許せない行為である。

 平成の3流政治家達の集いが、豊かだった昭和時代の日本社会を不幸のどん底に導いた。その代表格が安倍派の幹部達である。このままでは、令和の3流政治家が日本を破滅に導く恐れが高い。

 平成後期、アベノミクスが社会に浸透するに伴って、余分な金が社会を満たすようになり、経済の停滞とともに進んだ富の格差の拡大が富裕層や企業から政治家への金銭の提供を容易にした。この社会情勢の変化を利用したのが自民党の政治家達であり、多額の金銭を使用して選挙を有利に導いたり、派閥の勢力の増強、派閥の利権の確保などに活用した。中でも安倍派の行動は顕著なものだった。

 見方を変えれば、アベノミクスは裏金疑惑発生の一つの要因になったとも言える。

 最近の政治家の能力はそれ以前と比べて大幅に低下した。政治家としても人間としてもスペックダウンが甚だしい。古参の議員がだらしなくなった。能力がなくなっているのに権力だけを行使する。ピータの法則の典型を無感覚に実行する。若手の議員が積極的に表に出なくなった。考えることも知恵を働かせることもしない。社会を改善する雰囲気も造れない。政界の雰囲気が停滞気味で堕落している。社会の悪化がどんどん進んでいる。しかも、それに気づかない。腐敗しきっている。

2.安倍一族の裏金操作は民主社会の犯罪行為

 政治と金の問題は戦後だけを考えても、昭和、平成、令和と3時代を通じて絶えず問題になってきた。最近では、政治資金規正法が制定され、国民が少しずつ基金を出し合って政治家のための活動費を提供する仕組みや政治家個人への献金や寄付、資金集めの活動を制限する法律を定めたりしたが、時間の経過とともにそれらの法律の存在を無意味にするような行為が政治家達の悪知恵によって工夫された。しかも、実行指導者である派閥やグループの責任者が罰を受けることのないような仕組みが導入されて、すべての責任は会計責任者が負うような形にしてしまった。

 派閥の責任者や幹部である議員達はこの仕組みを利用して刑事罪を逃れれるような行動が行えるようになった。事件が発覚すると、すべての責任を関係者に押しつけ、「自分は知らなかった」、「知らされていない」などの言い訳ばかりを語り、責任を自らとろうとする行為を一切示さない。「議員は上級国民である」とは言えない存在になり、トカゲの尻尾切りの処置が当たり前になった。これを利用して代議士や議員は悪事と言われる行動を自分たちの特権のように考えて繰り返して行うようになった。慣習化した。

 こうして「虚飾と傲慢」が闊歩する社会ができあがり、司法が手を出した場合の抜け穴まで立法によって作られた。この機会を利用して安倍派は大手を振って悪事をする反社会グループになってしまった。これが国民が支持した自民党政権や自民党議員が犯した重大な悪行の一つである。安倍派の裏金操作は法治国家の日本では犯罪行為である。もし犯罪にならないのならば、法律に問題があるか、司法・検察の能力や考え方に問題があるか、選挙制度の問題か、日本人の民主主義に関する理解度が低レベルの問題か、いずれにしても民主主義国家での仕組みに重大な欠陥があると言える。これでは日本は民主主義の先進国とは言えない。安倍一族はこの慣習の中で政治的行動を行うようになった。

 もし、安倍派の議員や自民党の議員が仁徳のない人間の集まりなら性悪説に立った法律の制定も急務だ。しかし、上級国民である代議士や国会議員は仁徳を持った人々の集まりだと考えるのが普通である。性善説に立って、政治家のための法律は、政治家は社会に役立つことを考え率先して正義のもとで行動する人々の集まりであると考えて、善悪の境界を多少曖昧に制定しても、仁徳で判断し社会では正しい行為を実行すると考えて決めている。しかし、その境界を悪用して、私利私欲に走り善悪の区別もできないグループと同様に、堂々と大衆の面前でも悪事を行う罪人の群れとなってしまうようなら、反社会グループの法律と同様に、厳格に立法府で法律を制定しなければならない。安倍派の幹部はこのレベルの人間だったのかと考えると情けなくなる。即刻議員辞職して社会から消えてほしい。この人達の存在は日本の恥である。

 指導者のエゴと関連するこれら問題は日本だけの問題ではなく、世界全体に通じる一つの現象でもある。世界で発生しているウクライナ問題、中東のイスラエル・パレスチナ問題、東南アジアと中国の問題、北朝鮮の問題、国内で発生した安倍一族の諸問題、統一教会の問題など、指導者達のエゴで発生したすべての事件がこれらの問題と無関係ではなかった。

 これらの行為は社会全体を「虚飾と傲慢」で包むようになり、ピーターの法則に基づいて社会を劣化させていく要因となっていく。平成時代の日本社会の姿や生活環境の変化、議員達の行動は、これらの現象を具体的に検討する上で適切な材料を提供してくれる。裏金疑惑が司法の手によって、現在の法律でどこまで解明できるかは今後の問題であるが、これらの問題に国民も関心をもって、これらの情報に触れ、選挙では悪質な議員を除外する行動につなぐとともに、政治家達が作成する法律、判事や検察の対応にも注意を払い、罪人がすべて平等に罰せられる法治国家にしていく必要がある。少なくとも、安倍一族のような犯罪行為を行う裏金議員は政界から追放すべきである。

3.庶民の原動力結集で改革推進(音声解説)

 今までは、この種の「政治とかね」問題に対しては、日本社会では「見ざる、聞かざる、言わざる」の無関心を示すのが一般的であった。庶民にとっては、無関心が利口な行動の一つとされていた。しかし、社会が現在のような状態に劣化すると、その影響受けて損をするのは一般庶民の「無関心」でいた人達である。無能になった指導者が吹く笛の音色で庶民が無関心のまま踊るようになると、社会はどんどん劣化していく。格差がどんどん拡大する。

 このような状態が30年間も続いたのが平成の時代であった。この平成の時代に日本の国は貧しくなり、世界の中でも、科学技術を始めとして主要分野でレベルの低い国になってしまった。日常の生活も苦しい人が増えた。GDPもドイツに抜かれて世界4位に落ちてしまった。このままでは、やがて、インドに抜かれるのもそう先のことではないだろう。その後もどんどん堕落することになる。どんどん貧しくなる。このままではレベルの低下は今後も続いていく可能性は大きい。国家が破滅すれば、多くの国民は極貧生活に追い込まれることになる。今こそ、それを防ぐ工夫が必要である。

 政治や経済の各分野のリーダー達に頼ることも、国会議員達に期待することも、司法に望みを託すことも、この国ではすべてできなくなってしまった。残された道は庶民自身が立ち上がることである。今後の期待は、庶民の集まりの力で、分相応の世界の地位が確保できるかどうかにかかっていると言える。

 政治は、庶民の一票から始まり、庶民の総意で社会や国の進む方向を決め、庶民が一体となって行動し実現させるものである。戦後の日本経済の成長や庶民の豊かさの確保はそのような行動の集まりの結果生まれたものである。だから、すべての国民が揃って豊かになることができた。民主主義の原則を守り、民主主義的に行動した結果である。現在のように選ばれた上級国民の能力が喪失し社会が堕落すれば、戦後のように庶民一人一人が責任を持って行動すれば新しい時代に向けた社会改革が可能になる。庶民が無関心を捨てて積極的行動に変化することで可能になる。

 無関心を捨て、大いに関心を持って、自らの頭を使って、他人の話や世間の人々の意見を聞き、他人と話し合って自分達の考えをまとめ、自分の考えを主張する。選挙時には不合理な人を政界から排除する。法治国家で不適切な発言や行動を行う政治家に異議を唱える。個人のレベルで弱ければ、グループや集団の力、組織の力にまとめ上げて実行する。それを庶民が力を合わせて推進する。それが民主主義的行動である。そのための手段はネット上にたくさんある。みんなのスマートフォンの中にある。一人でも多くの人が積極的に、このような行動に参加し実行すると、社会を変えることが可能になる。明治維新のように戊辰戦争や社会騒動に頼らなくても、庶民が社会やネットを利用して時間をかけて根気よく活動すれば、平和な状態で社会改革を達成することが可能だと確信している。それが日本人であり、日本社会だ。

 その先には夢が持てる社会が現れる。庶民の関心と庶民の声で、もの申す庶民の集まりが社会を変えていく原動力になれるのだ。その原動力を中心に、質のよい優秀な経営者や社会の指導者、政治家、その他の社会改革に必要な人々が集まるようになる。そのような人達が一丸となって推進する塊が、新しい日本社会を改革できる集団として生まれ、改革が推進できるようになる。庶民の原動力がその塊を育てることになり、庶民の原動力で優秀な人材を結集させることが重要となる。

1.現代の日本人の思考法(音声解説)

 2022年7月、東京都の新規感染者数が4万人/日越えの過去最高40,406人/日を記録した。第7波襲来までに3年近い歳月を経過したが、対策らしい対策を打てないまま自粛要請すら発令できない状態になってしまった。その間も、その後も、コロナは人の生活環境の周辺で意のままに振る舞い続け、人を媒体として繁殖を繰り返した。

 宿主の人間は重症化しなければ「コロナと共存でよい」程度の諦め気味の安易な妥協で、この環境を受け入れようとしていた。そのように考えることが問題解決のための賢明な方法であるを検討して結論づけた結果でもない。我々の周辺や将来の人の生活の状態がどのような影響を受けるようになるかなどを考えることもなく、多くの人はそのように考えることが無難だと判断して行動する。

 宿主の人間の細胞がコロナに冒され利用されるのを我慢で耐えようと考えたのかも知れないが、いつまで耐え続けられると考えたのだろうか。本当に将来への影響について考えたのだろうか。その思考プロセスにはいくつかの疑問だけが残る。その時、それらの問題に打ち勝つ人の知恵がなぜ生まれてこなかったのか。解決のための知恵をなぜ生み出そうとしなかったのか。当時の日本人の日常の行動や問題を解決するための考え方にいくつかの疑問が残る。しかし、それ以上のことを検討する状態には進まなかった。

 これも平成時代の特徴的な日本人の行動パターンの一つの表れであろうか。一定の年数が経過して問題点が露わになり、進める道筋が自動的に決められてしまう結果にしかならないことがわかっていても、どうすることもできない状態になることで諦めてしまう。そのプロセスを経たことで問題を解決したという結論を出してしまう特徴があり、実際には問題を放棄したのかも知れない。いつもそのようなプロセスを繰り返す。すべての面でコロナ対応と同じような考え方が展開されるようになり、解に辿りつくことはない。数学の応用問題を次から次へと手がけて、解が求まらないうちに次の問題に移るような行動を行う。答えが求まらない問題を解く場合のような哲学的思考を行うのでもない。現在の日本人のこのような思考法には本質的な問題があるのではないか。これでは工夫や知恵を活用する段階まで進まない。重要なことは問題は何も解決しないで、社会や我々の周辺に問題が山積するだけである。

2.生きる力の活用(音声解説)

 人の生きる力は、図に示すように、行動する中で、創りたい課題、創らねばならない課題に気付き、種々の知恵と工夫を働かせて解決方法を見つけ、解決のための手段を自分で創り上げ、それを実際にシステムに適用して最適な解が求まるまで根気よくその行動を繰り返して挑戦していく行動力である。最適な解決方法が見つかると、その方法をハードウェア化やソフトウェア化して、自動的に操作可能になるようにシステム内に導入することによって目的を達成する。この生きる力を活用する行為が不足しているために適切な解を求めることができないのだ。これが現在の問題点である。

 東欧ではロシアとウクライナの人間同士が戦争を始め、生活を壊し社会を破壊し自ら崩壊の道に進んでいる。戦う武器が不足すれば被侵略者ウクライナは世界に援助を求め、欧米からの支援物資としての武器が供給されると侵略者ロシアはその支援を理由に破壊活動を繰り返し、ミサイル攻撃で庶民を虐殺し、原子力発電所や水源としてのダムまで攻撃の対象としてしまう。終わりなき戦いは長期化の兆候を示し、コロナ危機と東欧での戦争が経済不況と生活苦の中へ世界の人々を導いていく。戦っている両者は、共にこの行動の中で「生きる力」を活用する行動が行われていない。国連を含めた世界の対応は、それぞれの陣営で戦争の支援を表明し、行動するが、局面を平和の方向に導く動きはできない状況になっている。戦争はいつ終了するのか未定のままである。更に、中東ではパレスチナの不安定化が報じられ、イスラエル・パレスチナ間で新たな行動が始まった。ここでも、世界的な不安定化を増大させる騒乱が再発し、その周辺に不安定要因が波及している。世界は一層混沌とする方向に進んでいる。

 古今東西を問わず、人間社会では種々の問題が発生し、中には人類の存亡に関わる重大な事態に至る事件もある。現在、そのような事件が世界中で多発している。いずれの事件も、どの国においても、適切な対策が生まれていない。自然科学や社会科学、新しい技術、人工知能技術、デジタル技術、データ処理技術などの新しい時代を代表する科学や技術的な考え方が芽生え発達してきているが、それらの技術や考え方を駆使した新しい対策の実現や新しい生活環境が生まれていかない。世界は次第に混迷状態に突入し、地球温暖化問題とも関連して地球崩壊現象の発生に繋がっていく予感すら感じられるようになっている。しかも、この不安定化に対応する国連の行動も無能力化しており、それぞれの国の指導者のエゴが関係改善よりも関係悪化に寄与する状態になっている。

3.指導者のエゴの弊害

 指導者のエゴが影響して、現在発生している事態の認識が十分できずに、その周辺で開発されている技術との対応を巧くマッチングさせることができない。新しい技術や考え方が理解できていないために、それを利用して、現在の困難な事態の解決に適応できる「人間の知恵」「人間の工夫」を生み出すことができない。どちらの場合も、指導者のエゴが障害になっている。

 指導者のエゴが先行したため、複雑に絡み合ってしまった知恵の輪の中で思考できなくなり、苦労して知恵を働かせて困難な問題の解決を進める努力を怠ってしまう。私利私欲を達成するための行動、安易な妥協や思い込みの結果を期待する行動に進もうとする。遭遇している事態について、冷静に適切に分析し、真の現象を認識しようとしないために、科学的な原理原則を活用して一定の条件の下に論理的に得られる解に辿り着くことができていかない。最後は、何もせずに究極の段階まで進めることになってしまう。

 このような私利私欲のエゴに支配された、場当たり的で曖昧な方案と解とを定めて行動する結果、途中での条件の変化や設定した基準の誤りをリアルタイムに発見することができなくなり、哲学的思考もできないため、事態が重症化するまで行動してしまう。

 単なる時間の経過だけでは適切な対策や適正な結果は生まれてこない。的確な問題認識すらできなくなってしまう。生きる力を前提にした試行錯誤を繰り返し知恵を積み重ねる努力が必要となっている。更に、日本では政界の宗教汚染が進んだ結果、客観的に物事を把握する能力も失っている。自然界での環境汚染、政界での宗教汚染が日本国民の生活環境に重大な課題を投じる事態に進んでいる。

1.平成時代の日本社会の没落(音声解説)

 20世紀後半に繁栄を誇った日本社会も平成30年間で破滅の道に進んでしまった。「政治の貧困」、「経済の無気力化」、「思考や知恵の欠如」などが進み、無力化した痛ましい日本の姿は、病気と戦う手段すら提供できない無防疫社会に変わり果て、社会インフラに関してもレベル水準が低く先進国と言えない惨めな姿を晒している。自らのワクチン開発も進まない。治療薬や常備薬もままならない。すべて海外で開発されたワクチンや治療薬に頼る以外に手段を持てない国になってしまった。

 「金さえあればなんとかなる」という平成時代の安易な考え方が、コツコツ努力して成果を実らしていく日本人独特の姿勢を失わせてしまった。生きる力の基本を忘れ、工夫と知恵の活用を怠り、目先の利益のみを追求してしまった。平成30年間が過ぎると、科学技術も衰え、基礎産業も応用産業も過去の栄光を失ってしまった。令和の時代には、貿易収支も悪化し、次第に富も減少し、格差が拡大し、多くの庶民が貧しくなった。国の人口は減少し、地方の過疎化は進み、社会は高齢化した。

 社会の仕組みも古ぼけてしまった。21世紀の基本インフラの一つであるデジタル化も十分でなく、デジタル化のための基礎インフラをも欠く日本では、システムの導入すら簡単に推進できなくなっている。情報に関する基本的思考の甘さ、システム開発の基本の考え方や情報処理の仕組みの不備が原因で緊急事態にも対応できない状態になってしまっている。金があっても物作りやシステム開発力が劣り、自力が不足する日本社会では、自ら仕組みやシステムを構築していく目的や手段を含めてすべての術をなくしてしまっている。金さえあればなんとかなる筈の「円」ですら円安で価値を下げ、世界的なショックを受けて国内の物価が急騰する事態を招いている。やがてドルも不足して必需品が欠乏し、生活に支障を来す恐れもある。しかも、これらの実態を認識できない人々が多くなっている。

2.平成のリーダー達が社会を弱体化

 日本には有能な人材が沢山いたが、平成時代に政治家が政治主導の仕組みを導入した影響で、政治や経済がそれらの人材を活用できない国になってしまった。デジタル庁を組織化しても、マイナンバー制度は遅々として進まない。システムの誤動作に不満を感じた人がシステム離れを起こす事態になっている。コロナが発症しても、情報処理速度の遅れによって、コロナの感染速度に人間の対応速度が追いつけない事態にもなった。人の処理速度がコロナの感染速度に対応できなくなっている。これらの諸問題も平成時代に政治や経済が犯した社会問題の一つであり、情報や情報処理に関する21世紀的思考の欠如や基礎インフラの不備などが齎したものである。そのうち開発できる人材すら国内にいなくなり開発不能となるか、海外の人材活用が不可欠な事態になるか、開発を諦め没落する社会に進んでいくかのいずれかの道を辿ることになる。戦後輝かしい業績を上げた日本の経済力や技術力もどこかに消えてしまった。近くで見ることができなくなっている。

 人間が滅びればコロナも滅びる。寄生者は宿主を変えるか、宿主と共に滅びるかのいずれかであるが、いずれの場合も宿主である人間は滅亡する。このような情けない日本の姿を国民は認識すらできなくなっている。認識するための判断基準や基本の考え方を失ってしまったからである。平成の社会で犯した「政治の罪」、「経済の罪」が種々の局面に現れて、次第に身に染みてきて途方に暮れる令和の日々が徐々に近づいているのを感じる。ウイズコロナの考えを基本に可能な限りの経済再生活動を持続させていると、やがて、コロナの弱毒化が自然に進み、従来のような平穏な生活に戻れると確信しているようだが、そのように巧く進むのかどうか不明確である。これらの可能性が立証されている訳ではない。

 暗殺された元首相の国葬の賛否や宗教法人旧統一教会の存在が問題になった。平成30年間を通じて国力をここまで低下させた政府の首領を、長期政権という理由から「国葬」にする根拠が生まれてこない。旧統一教会の信者の支援を得た自民党政権の多くの政治家は宗教汚染されており、日本の将来を自ら夢見、自ら語る能力も失い、昭和の時代に国民の努力で獲得した多くの国の富を消失させてしまった。そして、庶民が「幸福」を感じられない社会にしてしまい、多くの人々が「不幸」すら感じるような状態になってしまった。重機でビルを破壊するように人の社会を、民主主義を破壊してしまった。

 この平成30年間の悪政の責任はどの指導者がとったのか。誰もとっていない。誰もとろうとしてこなかった。この事態を認識できなかった平成の自民党の政治家達の中には、「国葬」に値する政治家は一人も存在しなかった。更に、外来の宗教に簡単に汚染された政党自民党の存在価値すら疑わしいことになる。自民党の政局運営方法は、閣議決定があたかも国民の総意であるかのように扱われ、国会での議論、国民への説明が形骸化してしまった。世論調査の内閣不支持率が70%前後まで悪化しても反省すら行われない。この国では、政府も、国会も、司法も、既に民主主義の形態を成していないと言える。

 このような、政治家や経済界を含めた社会の指導層の「無感覚さ」、「責任感の欠如」、「愛国心の欠如」などが問題の根源であるが、与野党の区別なく日本の政治家や社会の指導層各自がその責任を感じ反省しなければならないのは当然である。しかし、豊かさに酔いしれて、目標や夢を持てなくなってしまった国民の社会の現状に対する「 無関心さ 」も問題にしなければならない。

続老後と公園のホームページでは次の考えでコンテンツを作成する。

① 国営昭和記念公園の四季の生き物の活動状態を題材にする

② 生き物の写真とBGMを組み合わせて動画を作成し掲載する

③ ②のコンテンツに掲載された各種生き物に関する情報を提供する

④ 各種生き物の特徴や挙動と人間社会で行われている行為とを関連付けた話題を展開する

⑤ ④の話題から一般的な課題、基本的な問題などを抽出し検討を加える

⑥ コンテンツの掲載方法、話題の展開要領、展開手段などにAIを含めた手法を使用する

⑦ 最重要課題を「共生の原理」「再生の原理」とする

⑧ コンテンツの作成、画像編集、音声編集、AIの活用は、マイクロソフトのコパイロット,サイバーリンクのパワーディレクタ、フォットディレクタ、マイエディットに関連する技術を中心に利用する

⑨ ホームページの更新は原則として毎週月曜日とする